Sunday, February 25, 2007

コスモスって、秋風物詩?

何年か前に、研究室のゼミ旅行先で休耕田一面に彩りよく咲くコスモスを見た時、同行の日本人学生が「もう秋が来たね!」って賛嘆したことが印象に残った。
それ以来、わたしも「コスモスが秋の風物詩だ!」と思うようになった。

桜をこよなく愛する日本人はコスモスのことを「秋桜」とも呼ぶらしい。
たぶん、コスモスのあのかわいらしい姿が日本人のやさしい心を掴んだのでしょうね。

でも、コスモスは台湾の「秋風物詩」ではない。
「春」の風物詩と言ったほうが適切かもしれない。
南太平洋に位置する台湾の2月、もうコスモス満開なんだよ。


↑今年の旧正月休み(2月中旬)に、台湾南部の「美濃鎮」で撮れたコスモス花畑。

ちなみに、「美濃鎮」は客家集落、板條(バンティアオ=米粉で作った麺のこと)、紙傘、焼き物(美濃窯)などで有名。
興味のある方は、公式ページにアクセスしてみてください。


追記
美濃鎮の旧名は「瀰濃」で、日治時代(1895~1945)に日本の地名が引用され、「美濃」と改名されたらしい。

Wednesday, February 07, 2007

またまたAddress更新

去年の9月頃ブログを「goo」から「Yam」に移動させた以来、いろいろ都合が悪く、なかなか更新することができなかった。
やっと最近少し余裕ができてブログ作りにやる気が沸いてきたが、またまた事件が起きた。

インターネット会社「Yam」が別の会社「webs-TV」と合併するため、本来の共同制作会社「Roodo」とのコラボレーション関係が中止となってしまった。
そのせいで、元々「Yam」に登録してブログを立ち上げたユーザー(わたし><;;)は、自分のブログを「Yam」に残すか、「Roodo」に移動させるか、と選択しなければならなかった。

どっちでも変わらないと思ったが、どうやら「Roodo」のほうが一部のユーザーに強く支持されているようだ。
一方、私の「Yamブログ」はなぜか通知なしで勝手にアドレスが変更され、こだわりの「ahiru」が使えなくなってしまった。
弱い立場に居るフリーユーザーが「Yam」にクレーム付ける唯一の手段は、「Roodo」に心を向けることだった。

「Roodo」でブログを書き続いても良かったが、このようなややこしいことを起こす可能性の低い、信頼性の高いブログサイトに移動しようと思い、「Blogger」に決めた。
「Blogger」のテンプレートスタイルについて、シンプルなデザインは多く、にぎやかなものはほとんどないけれども、これでも良いかなと、最近そう思えるようになった。

まめに更新してブログを充実させようと、
2007年の一目標として立ててみた。
いつも読んでくださった皆様、またよろしくね。

新しいブログアドレス:http://ahiruintaiwan.blogspot.com/
あなたのMy FavoriteやBookmarksを更新してくださいね。

Monday, September 25, 2006

引っ越しました

また引っ越しました。
でも、今度は本当の家ではなく...

my blogを新しいサイトに移動しました。
gooブログにずっとお世話になってたけれども、自分のブログに必要のない情報が多すぎるのと、自分で編集する機能の使い勝手が良くない(私が分からないだけかもしれない)との二つの理由から、今のブログサイトに移動することにした。

私はまだ初心者レベルで、HTMLとかCSSとかについてもほとんど知識のない状態ですが、台湾のYam Blogサイトの初心者講座には詳しいガイドが載ってあるので、ブログのテンプレートデザインや機能追加などをいろいろ試しながら作ってみた。
例えば、バナーに使われた画像は数年前白川郷合掌集落に行った時撮ったお気に入り写真を元に編集したもの。また、来訪者のカウントやBBSなどを追加したこと。

これらを作るのにかなり時間がかかった。
本当はやらなければならない「正事」(注:北京語、大事な仕事)は山ほど積ってるのに...(苦笑)
でも、「正事」は行き詰まってる状態だから、
ブログ作りに「現実逃避」してしまった。

そろそろ仕事に集中しなくちゃ。

ブログの更新はまたしばらく「お休み」になるかも。

Friday, September 01, 2006

教科書の必要性

高校までは、わたしはかなりのガリベンだったけれども、「教科書」というものは正直あまり好きではなかった。そんな自分が教師になったら、生徒に「教科書」を指定するべきでしょうか?

9月の新学期から担当する「デザイン基礎演習」という授業では、
他の2名の先生と一緒に一クラスを指導することになる。
先日、この授業の進め方や内容などについて打ち合わせていたところ、
B先生は教科書を指定すべきではないかと提案した。
しかし、わたしはその提案に対して賛成ではなかった。

B先生は、今頃の学生は自発心が足りないため、教科書をちゃんと指定しないと、
学生は学習する土台がないという理由で、教科書を勧めた。

もう一人のJ先生も賛成の意見を出した。
教科書があれば、学生も事前の予習ができ、
授業の流れもより把握できるようになるという考えだった。

しかし、わたしの持論は、
デザインの勉強はより幅広く、より自由で、発想的なトレーニングのほうが良い
と思うから、生徒さんに何冊かの参考書を薦め、興味を持って自発的に読むように
させたいため、あえて「指定」はしない、というものだ。
それに、皆に同じ教科書を指定したら、それぞれの作品は似たようなものとなる
可能性が高くなると予測が付く。

そして、「デザイン基礎演習」という「演習」は、
手を動かして実作することを通して、人それぞれの感性を引き出し、
デザインのセンスを磨くという授業じゃない?
だから、「教科書」の「指定」は必要だろうか?と、わたしは疑問を持った。

記事を書いている今は、もうだいぶ考え直して、
ほか二人の先生は教科書の指定によって学生を勉強させたいという読みは
わたしの誤解だったかもしれないと少し反省したけど、
まだ100%納得したわけではない。

もう少し考えてみると、
そもそもわたしが反対したのは教科書ではなく、「指定」という言葉かもしれない。
その言葉にひねくれ者のわたしの「反発魂」が灯った。
と、やっと自分で納得した。

わたしの考え方は極端すぎるのだろうか?

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付記
友人K君のアドバイスを受け、教科書の必要性について理解できた

Tuesday, August 15, 2006

カギ

現代社会において、誰でも必要のため常に1本や2本くらいのカギを持ち歩いてると思うが、私みたいに出かけるたびにこれほどたくさんのカギを常に待ち歩かなければ困るというケースは普通ではないだろう。



写真で示したように、カギの種類もさまざま。
家用には、門のカギ2本、エレベーターのセンサーキー1個。
車用には、カギ1本、リモコン1個。
勤務先には、入り口のカギ1本、シャッターのリモコン1個、セキュリティーカードキー1枚
(実は自分の部屋のカギはこれから配られるし)。